『 Au Revoir
― また 逢う日に ― (4) 』
「 おはよう〜〜〜 」
「 ・・・ うっす! 」
「 おっは ・・・ あ〜〜 ねむ〜〜〜 」
普通のオフィスなどの始業時間を少々過ぎる頃 ― ダンサー達が大きな荷物を
担いで集まってくる。
パリにはそれこそ星の数ほどダンス・スタジオがあるし そこもその一つだが
なかなか実績と歴史もあり、業界でもまあまあ名が知れていた。
「 きゃ〜〜 遅くなっちゃったぁ〜〜 」
金髪の女性が駆け込んできた。
「 フランソワーズ ・・・・ お早う ! 」
スタジオの隅にいた青年が 嬉しそうに声をかけた。
ひょろり、とした姿、ダンサーとはちょっと雰囲気がちがう。
彼は手に大きなスケッチ・ブックをもっている。
「 あ ユウジ〜〜 おはよう! 早いのね〜 」
「 あは 君が遅いんだよ〜〜 」
「 えへ♪ 今日もデッサン? 」
「 ウン。 ここの団長さんにも許可してもらったんだもの、 ガンバルさ。 」
「 わお〜〜〜 すごい〜〜 」
「 フランソワーズ ほら 急げよ、クラスの時間だろ〜 」
「 いっけない! じゃ 」
女性はぱたぱた・・・更衣室に走って行った。
「 ・・・・・ 」
「 ねえ ユウジ? 今 ・・・ 彼女と何語で話ていたのぉ? 」
スタジオでストレッチをしていたブルネットの女性が 声をかけた。
「 え? 」
「 ぜ〜んぜん理解できなかった ・・・ ユウジは どこのヒト?
アジア・・・? 」
「 え はい 僕、 日本人です 」
「 お〜〜 ジャポネ??? すご〜〜い〜〜〜 」
「 え ・・・ そ そうですか? 」
「 アタシ シシィ。 来年の夏には是非 トウキョウに行きたいの 」
「 あ そ〜なんですか
」
「 そう! あ そっか〜〜〜 フランソワーズも二ホンにいた・・・って
言ってたもんな〜 え じゃあ さっきのおしゃべりは日本語? 」
「 あ はい ・・・ 」
「 ・・・ アタシが知ってる日本語と 違う・・・・」
「 そ そうですか ・・・ あ どこかで勉強しているんですか 」
「 そうなの〜〜 動画でちゃ〜〜んと勉強してるわ〜〜〜
アニメの中の会話と 違うんだもん ・・・ ねえ ユウジは何が好き? 」
「 あ アニメは ちょっと僕、あんまし見てなくて 」
「 え〜〜〜〜 どうしてぇ〜〜〜〜 しんじらんない〜〜 」
「 そ そうですか ・・・ 」
「 お早う 皆 」
中年のムッシュウが のんびり通りかかった。
「 ムッシュウ ぼんじゅ〜る? 」
レッスン前、 ストレッチをしいたダンサー達は口々に挨拶を返した。
「 ユウジ 団長さんよ 」
「 あ 知ってます、 ぼんじゅ〜る むっしゅう 」
「 お〜〜 ここにも芸術家の卵がいるなあ〜 ぼんじゅ〜る?
毎日熱心に通っているんだってね 」
「 あ はい ・・・ こんな間近でデッサンさせてもらえるなんて ・・・
ラッキー ・ チャンス、 そうそうありません。ありがとうございます 」
ユウジは ぺこり、とアタマをさげた。
「 いや〜〜 どんどん利用してくれよ〜〜 アーティスト大歓迎さ。
あ・・ もしよかったら ちょっと見せてもらっても いいかなあ 」
団長さんは ユウジが抱えているスケッチ・ブックを指した。
「 あ はい どうぞ! ・・・ あんまり上手くないけど 」
「 ・・・・ 」
ムッシュウは 黙ってスケッチ・ブックを受け取った。
ぱらり ぱら ぱら ・・ どのページにもたくさんのクロッキーが溢れている。
「 すごい な ・・・ お。 … これは
いいねぇ ! 」
「 あ ・・・ そ そうですか ・・・? 」
「 うん ・・・ いいよ〜〜〜 君、踊っていたこと、ある?
」
「 え いいえ 全然。 僕は見る専門で・・・ 」
「 そう? 躍動感がこう〜〜 ホンモノだな。
いやあ ・・・ すごいな! これなんか俺、好きだなあ うん ・・・あ これも! 」
ムッシュウは 一枚一枚熱心に見つめている。
「 ・・・ ユウジ、だったね? 」
「 はい 」
「 君のデッサン・・・ ウチのポスターに使わせてくれないかい ?
もちろんデザイン料は きちんと支払わせてもらうよ。 」
「 え ぽ ポスター ? 」
「 そうなんだ ・・・ これは ・・・今度の公演用にいいな。
こっちのは ・・・ ウチのバレエ・スタジオの宣伝ポスターに使いたい。
どうだろう? 」
「 は はい! 喜んで ! 」
「 そうか〜〜〜 それじゃ 帰りにちょっと事務所に寄ってくれないかい。
事務的なハナシ、通しておくから 」
「 はい! ありがとうございます〜〜〜 」
「 おう こっちこそ。 どんどんデッサンしていってくれよ〜
ああ 皆も きっちりレッスン受けるんだぞ 」
「「 うぃ 〜〜〜 むっしゅう〜〜〜〜 」 」
「 − ユウジ、 よかったわね! 」
ぽん と肩に手が触れた。
「 ? ・・・ あ フランソワーズ ・・・ 」
「 聞いてたわ すごいじゃない、ムッシュウに認められたわね! 」
「 あ は ・・・ まだわからないよ? 案外 今回限り かもしれないし 」
「 ううん そんなこと、ないわ。 」
「 さあ〜〜 あ ほら・・・ レッスン 始まるよ? 」
「 あらら・・・じゃ あとでね〜〜 」
フランソワーズは バーの側にとんでゆき ユウジは隅っこの丸椅子に腰かけた。
これが端緒で ― 彼は 少しづつ認められ始めた。
彼は
静物より躍動美を描かせると 絶品だった。
彼のデッサンは みるヒトの心を
わくわくさせ、活気が伝わってくるのだった。
そして フランソワーズの通うバレエ・スタジオの宣伝パンフレットやポスターには
必ず彼のデッサンが用いられるようになった。
彼は毎朝熱心にスタジオに通いデッサンをし そして公演の際には
特別に舞台袖で スケッチすることを許可されるようになり・・・
団員やスタッフ達ともだんだんと打ち解け始めた。
フランソワーズとユウジは ― よく連れ立って出歩くようになった。
ザワザワ −−−− ザ −−−−− ・・・・
石畳の路を もうひんやりした風が通りぬけてゆく。
行き交う人々の中には もうしっかりコートを着ている人もいた。
若者たちは マフラーを巻き込みはじめた。
透明な空気ただよう街角で 若い二人は立ち止まっている。
「 君は キレイだ ・・・ ! 踊っている君は 本当に綺麗だよ 」
「 ・・・ユウジ ・・・ お世辞はいらないわ。 」
「 これは! 僕の真実の感想だよ! 」
「 ・・・ そ そう ? 」
「 うん! 僕は バレエの専門的なことはわからない。
でも ずっとスタジオでクロッキーしてて・・・ わかったんだ。 」
「 え ・・・? 」
「 これでも 芸術家を目指しているんだよ? 美しいもの、はすぐにわかる。
君は ステキだ。 君が動くと 空気も楽しく踊りだすよ 」
「 え ・・・ それはちょっと色メガネじゃない? 」
「 ちがう。 君は 僕のミューズなんだ。 」
「 そんなこと ないわ 」
「 いや あるんだ。 」
ユウジは肩から下げていたバッグを下ろすと 中から大きなバインダーを取りだした。
「 ?? 」
「 これ。 みてくれる ? 」
「 ・・・・? 」
フランソワーズは ゆっくりとバインダーを開いた。
「 ・・・ この前、すごく高い評価を貰ったんだ。 」
「 あら 今までだって ・・・ 」
「 ウン ・・・ あの、つまり絵画の世界で・・・ってこと
あ は ・・・ はっきり言うね、今の画塾で優等賞 もらった。 」
「 え〜〜〜 ユウジ〜〜 すごいわ! あ これ わたし ・・? 」
広げた紙の中には 宙を飛ぶ 笑顔でジャンプする フランソワーズが 居た。
「 これ さ。 レッスン中のデッサンを元に パステルで描いてみたんだ。 」
「 すご〜〜 ・・・ 」
「 すご・・・って。 バレエ・スタジオのポスターのデッサンさ 元は
フランソワーズ、 君だよ? 」
「 え〜〜〜 ウソ〜〜〜 」
「 ウソじゃないさ。 」
「 えええ??? ・・・ あ〜〜 でも わたし こんなにキレイじゃないってば 」
「 君は。 綺麗だよ。 君がいると 僕の中にミューズが住んでくれるんだ 」
「 ・・・ ゆ ユウジ ・・・ 」
「 君は 僕のミューズだ。 ― 僕は君が 」
彼の腕が 彼女の肩に回った。
「 ・・・ だめ よ ・・・ ユウジ いけない! 」
「 ・・・ ・・・ ! ああ ・・ 君には恋人が いるんだね?
・・・ じょー ・・・ ? 」
「 え・??? 」
「 ・・・ ごめん ・・・ 僕は 卑怯モノなんだ 」
彼は ぱっと駆けだした。
「 − ユウジ!! 待って! お願い ・・・ 話を聞きたいわ 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 なぜそんなこと、言うの? そしてどうして ― 知っているの ・・・ 」
「 ・・・ 」
「 ジョーの こと ・・・ わたし 話したこと ある? 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
ユウジは 足を止めると じっと彼女を見つめた。
「 ユウジ ・・・? 」
「 僕は ・・・ 時々 アタマがヘンになるんだ。
側にいる人 ・・・ 心を許したヒトのココロが 僕の中に流れ込んでくる 」
「 え?? 」
「 気持ちワルイだろう? 僕は ・・ 狂っているんだ きっと 」
「 そんなこと ないわ。 あの ・・・ わたしの知り合いの中にも
そのう ・・・ 他人の気持ちを読めるヒトがいるの。 」
「 え ・・?? 」
「 そのヒトは特殊な能力の持ち主なのね。 でもどうしても必要な時以外
他人の気持ちを読むことはしないわ。 」
「 ・・・ そのヒトは立派だ。 僕は ― ヒトのココロを読んで ・・・
利用した ・・・
」
「 利用 ? 」
「 そう さ ・・・ キョウコは ― 資産家の娘で ・・・ 僕は ・・・
海外留学の費用のために 彼女を利用した ・・・ 」
「 ・・・! その方とは ・・・? 」
「 さあ ・・・ 日本で待っているとは思えない。 ずっと連絡もしていないから
多分 きっと他のオトコと 」
「 ユウジ。 その方とちゃんと連絡をとらなければいけないわ。
そして誠心誠意お詫びをするの。 」
「 ・・・ 許してなんてもらえないよ 」
「 それでも! 中途半端はだめ。 そのままじゃ ユウジは次の一歩を
踏み出すことができないわ。 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 君はどうしてそんなに優しいんだ? 」
「 優しくなんかないわ。 ただ・・・ 」
「 ただ? 」
「 ええ ただその方の気持ちになってみただけよ。
ね ・・・ ユウジ。 あなたがこれから進んでゆくために ― その方と
きちんとお話をしなくちゃ。 」
「 ・・ 会いたくもない、と思ってるにきまってる 」
「 そんなの、わからないでしょう? とにかくこのままじゃ だめ。 」
「 君は 女性を利用したことを責めないのかい 」
「 利用したかどうか わたしにはわからない。 でも 中途半端はだめよ。
それこそ卑怯だと思うわ。 」
「 ・・・ うやむやはダメってことか 」
「 恋愛関係はね。 お互いのためよ 」
「 ― わかった。 」
「 現実を受け止めるのは辛いわ。 ― わたし だって ・・・ この身体 」
「 え なに? 」
「 いえ ・・・ なんでもないわ。 ユウジ、アナタには勇気があるって
信じているから 」
「 メルシ、 フランソワーズ 」
ユウジは ナイトのごとく身を屈め彼女の手を取ると丁寧に心を込めてキスをした。
カサリ ・・・ カサ カサ ・・・
舗道に舞うマロニエの葉は ほとんどが茶色に変わり朽ち始めていた。
「 ・・・ 季節が 替わる わ 」
「 え なに? 」
「 ― 冬が。 寒くて暗い季節がやってくる 」
「 踊ってくれ 踊り続けてほしい。 フランソワーズ 」
「 ・・・ ユウジ。 ありがとう ・・・・ 」
「 僕 日本に ― キョウコと連絡を取るよ。 そして ― 謝る。 」
「 ユウジ。 アナタはわたしが思っていた通りのヒトだわ 嬉しい ・・・ 」
「 だから 今は ― なにも言わない。 僕の気持ち ・・・ 」
「 ユウジ。 アナタ 本当に優しいのね 」
「 優しいのは君の方だ フランソワーズ 」
「 ・・・ また ね。 ユウジ 」
「 あ うん。 また明日! 踊る君を描くよ! 」
「 ・・・・・ 」
じっと温かい視線を彼に当てると 彼女はゆっくり振り返り去っていった。
「 その旋盤なんですけど ― ほっんとスゴイんですよ〜〜
あ いや 旋盤じゃなくて あの職人さんの腕 だよなあ
なんてったっけな〜〜〜 ・・・えっと あ さばさん って呼ばれてたな〜 」
ジョーは帰宅してから もうしゃべり通しだ。
バタンっ ! 玄関のドアが大きな音で開いたのは つい30分ほど前だ。
「 ただいまで〜〜す! 遅くなってすいません 」
「 おお ジョー・・・お帰り 」
「 博士〜〜 すいません、ちょっとハプニングで ・・ 女子学生の靴、
壊れちゃって送っていったら ― 送ってきてもらって 」
「 ? なんじゃ ジョー。 落ち着いて話なさい。 」
「 え〜〜 でも 夕食の用意しないと〜〜 」
「 いいさ いいさ ワシはお前の話が聞きたいぞ 」
「 それじゃ ちょっとまずコーヒーでもいれますね〜〜
」
ジョーはリュックを背負ったまま キッチンに飛んでいった。
「 ジョーよぉ 急がんでいいぞぉ〜〜〜 」
「 は〜〜い ああ 話したいこと、山盛りなんですぅ〜〜〜 」
キッチンからは もうご機嫌ちゃんな声が返ってきた。
半田工場で思いもかけず焼肉までご馳走になり 工場を見学させてもらい・・
ジョーはもう夢中になってしまった。
「 ・・ すご ・・・い なあ〜〜 ああ これが現場なんだなあ 」
「 兄ちゃん どうした? 」
「 いえ なんかもう〜〜〜 お腹も目もいっぱい・いっぱいで ・・・ 」
「 目がぁ? へ〜〜 面白いこと いうなあ 若いの。 」
「 ・・・ 里音さんと同じ大学ですか 」
隅っこで工具を磨いていた青年が ぼそっと尋ねた。
「 え? ああ ぼくは聴講生なんです。 高校中退でなんとか大検とったんで 」
「 あ そ〜なんですか。 俺 高専出なんで 」
「 わ いいですね〜 ばっちり実習してきてるでしょう? 」
「 イヤぁ ・・・ 現場にゃ敵わないよ 」
「 うん! それは そうですよね もう〜〜 なんか迫力がちがうし。 」
「 ・・・ アンタ ・・・ この仕事に興味あるんスか 」
「 え ? 」
「 あ〜〜 シマムラく〜〜ん 送ってくよ〜〜 家 どこかい。 」
半田氏が 手をごしごし拭いつつ現れた。
「 あ ぼく 電車で帰りますから 」
「 ダメだって。 丁度納品があるんだ。 トラックで悪いけど送るよ。 」
「 え 社長さんが納品ですか 」
「 おお。 ちょい特殊製品なんでね〜〜 納品先のセンセイと話あいもあるんだ 」
「 センセイ? 大学ですか 」
「 いやあ〜 なんだっけな・・・ なんとか研究所 ? 里音〜なんだっけ? 」
「 おと〜さんってば。 JAXA でしょ 」
「 え!? うわあ〜〜〜 宇宙関係かあ 」
「 そうだっけかな ともかくシマムラ君 家 どこ。 」
「 あ C市の外れで ・・・・ 」
ジョーは少しぼやかして言った。
「 あ〜 そっちなら 相模原までよく納品に行くからね 近道知ってるんだ!
ほら 乗った乗った〜 」
「 あ は はい ・・・ 」
「 シマムラく〜〜ん! ホント どうもありがとうございました!
来週 サトウ教授の講義でね〜〜〜 」
半田女史が ぶんぶん手を振っている。
「 あ ど ど〜も ・・・ 」
ジョーはトラックの助手席に収まり 遠慮がちに手を振り返した。
あ は ・・・ なんか いいなあ ・・・
半田さん ・・・ 頑張って欲しいな
「 えっと C市のどの辺りなのかな? 」
ハンドルを切りつつ 半田氏は陽気に尋ねてくれる。
「 あ あの。 駅前でいいです。 ウチ・・・ 町外れなんで 」
「 町外れって どっちの方向? 」
「 あの・・・ 海岸通りの 」
「 あ〜 じゃあ あの通りで降ろすよ。 安心して 」
「 す すいません〜〜 回り道じゃ・・・ 」
「 そんなコト 気にすんなって。 きみ、ウチのじゃじゃ馬をわざわざ送ってきて
くれたんだからな〜〜 」
「 いや でもあの場合 」
「 いやいや ホント ありがとう! 父親として本当に感謝してるよ。」
「 え へ ・・・ 半田さん ・・・ シアワセですね ・・・ 」
「 え〜〜〜 そうかね?? あんな環境で? 」
「 ぼくは ― 素晴らしいと思います。 あは 羨ましいです。 」
「 君は ? あ 聞いてもいいかい。 」
「 はい。 ぼく、両親ともいなくて施設育ちで ・・・
今は後見人になってくれた老科学者の助手として研究所に住んでます。 」
「 ああ そうなんだ ・・・ ごめんな、いやなこと聞いて 」
「 いえ 全然。 今の暮らしも楽しいですから。 」
「 そっか ― 君は前向きでいいな 」
「 あは ぱっぱらぱ〜〜だから ぼく。 」
「 いや。 ・・・ 君はいい青年だな。 ウチの里音と 」
「 はい? 」
「 いや ― あ〜〜〜 海岸通りだよ そこの四つ角でいいかい 」
「 わ〜〜 もうこんなトコなんだ?? ありがとうございました! 」
ジョーは 走り去ってゆくトラックにアタマを下げてからいつまでも手を振っていた。
「 それでですね その老職人さんのワザがですね〜〜 」
ジョーの話は尽きることがなく お茶をいれかえつつ 夕食の準備をしつつも
それはそれは熱心に話し続けた。
「 ほう?? それは どういう・・・? ふん ふん ・・・ 」
博士も 身を入れて聞いてくれた。
「 もう〜〜 ぼく 本当に < 目が点 > でした! 」
「 うむ・・・ そのような町工場がこの国の工業の底力だと聞くぞ。 」
「 ですよね〜〜 今日もこの後 JAXAに納品だって言ってましたよ
工場の社長さん。 家族ぐるみって感じであったかい工場だった ・・・ 」
「 そうか そうか よかったのぅ ジョー・・・ 」
「 ええ とっても勉強になりました! 」
「 うむ うむ それもあるが ・・・
ワシはお前の そんな楽しそうな顔 初めてみるぞ 」
「 え ・・・ そ〜かなあ・・・ 」
「 ああ。 そうじゃよ。 ジョーよ ・・・
歳相応の 楽しい日々を 送っておくれ あ あ
ワシが言えた義理ではないが
… すまん ・・・ 」
「 博士!
それは言いっこナシ ですよ!
」
哀しそうに視線を落としてしまった博士の側に ジョーは駆け寄った。
「 博士! ぼくは ― 今の生活にとてもとても感謝しています。
・・・ あ は ・・・ フランソワーズがいてくれれば もっと・・・ 」
「 ・・・ そうか ・・・ そんなお前に また ・・・ 厄介なことを
頼まねばならんことになった。 」
コッ。 ほんの一瞬 空気が凍り付いた。
湯気のこもるキッチンは まったく別の場処になった。
「 ― はい。 また ? 」
「 ああ。 ちょいと気になる動きがある。
急ぐことはないが ― 皆を集めてほしい。 」
「 了解しました。 」
カサ カサ カサ ・・・・ 裏山で紅葉が微けき音を立てていた。
パリの街は 朝夕ぐっと冷え込むようになった。
「 あ ユウジ〜〜〜 ぼんじゅ〜る! 」
「 ・・・ マドモアゼル ・ シシィ ぼんじゅ〜る 」
「 熱心だね〜 アタシ、 君のスケッチ 好き! すご〜〜い いい 」
「 ありがとうございます。 今日もヨロシク 」
「 こっちこそ〜〜 あ そうだそうだ これ・・・フランソワーズから
ユウジにって。 」
シシィ は バッグの中から白い封筒を取りだし、彼に渡した。
「 あ どうも ・・・ あ フランソワーズは? 」
「 あ〜 なんか休むって。 急な用件とか言ってたけど?
ユウジは聞いてないの? 」
「 ― いや。 僕は全然。 」
「 そう? それならきっとすぐに帰ってくるんじゃないのかな〜 」
「 ・・・ そうですか 」
「 じゃね〜 」
シシィは ひらひら手を振って更衣室に消えた。
「 ・・・ なにも聞いてない ・・・ だって昨日 ・・・
また明日ね って ・・・・ 」
彼は 白い封筒をそっと押さえた。
「 ? なにか ・・・ 音がする・・? 」
丁寧に封を切ると ―
「 ― あ ・・・・? 」
ひらり。 見事に黄金色に染まったマロニエの葉が落ちた。
「 ・・・ 」
慌てて拾いあげると秋色に染まった葉に ― メッセージが記してあった。
Au revoir ( また逢いましょう )
「 ・・・ そっか ・・・あのヒトが ― < ジョー > が来たんだ ね
君の心を占めている あの彼と一緒に・・・行ってしまったんだ ・・・ 」
カサリ ・・・ 足元に絡まるのは茶色になった枯葉だ。
「 ああ 季節が替わったんだ ― 君と出合った季節は 終わってしまった・・・」
彼は手にした秋色の葉に そっとキスをした。
「 ・・・ ん? 」
ポケットの中で携帯が震えている。
「 誰だ ・・・ 僕にメールなんてくるわけないのに。 ― あ。 」
ユウジはしばらく目を見開き じっと手元の携帯を覗きこんでいた。
それは 彼の祖国からのもの。
ユウジ。 あなたの側に行きたいの。 キョウコ
彼がかつて故郷に捨ててきた女性からだった。
ああ ・・・ 君はこんな僕を 許してくれるのかい ・・・
勇気を出して連絡して よかった・・・
「 ・・・ ありがとう ・・・ フランソワーズ。 」
彼はひっそり微笑むと メールを返した。
キョウコ。 待っているよ ユウジ。
ザワザワザワ ・・・ 講義が終わり学生たちの出入りが多くなった。
「 ふぁ〜〜 終わったぁ〜〜 サトウ教授のは集中するから疲れるぅ 」
「 ああ 気が抜けね〜よな〜〜 」
数人の男子学生が わやわや教室から出てきた。
「 ・・・ シマムラ君 ・・・ 休みなんて珍しい ・・・ どうしたのかな 」
最後に出てきた女子学生は なんとなくがっかりした表情だ。
「 今日の資料 ・・・ 届けたいな。 彼の家って・・・・誰か知ってるかなあ 」
「 ― はんださん ! 」
正門の側で 彼女を呼び止める声がした。
「 ? ・・・ あ シマムラ君! よかった〜〜〜 今日の講義の資料。
はい 君の分よ。 」
「 あ ありがとうございます。
あの。 ぼく ・・・ しばらくここに来れなくなるんで 一応今学期は ・・・ 」
「 え? 来年、ウチの大学を受験しないの? 」
「 それは まだわかならいけど ・・・ 」
「 え〜〜〜 残念ねえ・・・ あら 」
彼の後ろに 金色の髪の女性が立っていた。
「 あ ・・・ 大切な友達のフランソワーズさんです。 こちら はんだりおんさん。
才媛でさ すごいんだよ〜〜 またご実家の工場がすごくって 」
「 まあ ・・・ 初めまして。 」
「 ・・・ こんにちは。 可愛い方 ね 」
シマムラ君 ・・・ なんだか雰囲気が変わった・・??
口を閉じてしまった半田女史に 彼は白い封筒を渡すと深々とアタマを下げた。
「 ありがとうございました。 はんださんと知りあえて 工場を見せていただけて
ぼく シアワセでした。 」
「 ・・・ シマムラ君 ・・・ 」
彼は金髪の彼女と一緒に もう一度会釈をすると 静かに去っていった。
カサリ。 手にした封筒の中で微かな音がした。
「 ・・・? ― これ ・・・・ 紅葉? 」
渡された封筒の中には 真っ赤に染まった葉が一枚。
「 キレイ・・・だけど どういう意味? ― あ ・・・ 」
葉の中央に 小さな字が読み取れた。
幸せに。 ありがとう!
「 ― シマムラくん ・・・ 」
もう 会えない。 なぜか直観的に彼女は思った。
ひゅるるる ・・・ キャンパスを冷たい風が吹き抜けていった。
「 ただいま ・・・ ああ なんか疲れたちゃった・・・ 」
半田女史は 重い足取りで工場の門を通った。
「 あ あの! お お帰りなさい ・・・! 」
玄関を開ける前に 若い職人が飛び出してきた。
「 ?? なに〜〜 古留瓶クン ・・・ びっくりした〜〜 」
「 ご ごめんです ・・・ あ あの! 」
「 はい? あ お客さんからクレーム・・・? 」
「 ち ちがいます ・・・・ あの! 」
「 だから なんですか。 」
彼の顔はなぜかひどく紅潮している。
「 あ もしかして風邪?? 顔 赤いわよ〜〜 熱 あるんじゃない?? 」
「 ち ちがいます! あ〜 あの里音さん。 」
「 ? 」
「 お 俺。 高専出だけど 工場と里音さんを大事にする自信 あります!
そ その ・・・ 一生 ・・・! 」
「 !!! ・・・ こるびんクン ・・・ 」
カサコソ。 彼女のバッグの中で真っ赤な葉が こそ・・っと揺れていた。
ひゅるる〜〜〜・・・ 海風が町中を抜けてゆく。
「 ひょえ・・・ あ〜〜 今年は冷えるかね〜 」
「 もう冬だ な 」
C市の外れの 海沿いの崖の上 ― いつの間にか草ぼうぼうになっていた。
「 うん・・・? あそこになんか家が建ってた・・・気が・・・? 」
「 え〜〜 あそこはず〜〜〜っと荒地だよ 」
「 あ そうだったか・・・ 」
「 誰もあんなトコ 住まないさ 」
「 だよ な 俺の勘違いか 」
そんな会話が町で聞こえたのも ほんの少しの間だった。
もう だれも気にも止めない。
― サイボーグたちの行方を知るものは 誰もいない。
No one knows where ・・・・
************************** Fin. ***********************
Last updated : 10,18,2016.
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**************** ひと言 *************
あのヒト も あのヒト も こんな風に出会っていたら よかったのに ね。
ひっそり消えるしかないジョー君 や フランちゃん ・・・切ない ね